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2024.01.31
工務課・森
『苦』ッキー
こんにちは、工務課の森です。
お客様との打ち合わせ、年末の仕事納め。
約束の時間通り、ご自宅に到着。
インターホンを鳴らし、ご主人が「どうぞ」とリビングに招いてくれた。
不思議な部屋だ。
四方の壁にぐるり一周、子供のおもちゃが積み上げてある。
唯一、テレビが床に置いてあるのと、子供用の室内ブランコが隅にあるだけの広いリビング。
独特な空間だ。
子供優先の生活もあるのだろうと自分なりに理解した。
ご主人に「どうぞ」と座るように促されたのだが、ソファーもなければ、テーブルもない、
壁際のおもちゃ以外は、ただ床が広がっている。
どこに腰を下ろすか判断不能という状況だ。
立っていると、ご主人が温かいお茶を湯呑みで出してくれた‥というより床に置いてくれた。
置かれた湯呑みに合わせて座ることにした。ご主人も向かい合う様に腰を下ろした。
資料を床に広げ、二人で床に張り付き、つぶれたカエルの様な格好で話を始めた。
奥様が、保育園から娘と帰ってきた。
挨拶をするなり娘が保育園の帽子を投げ捨て、ブランコに飛び乗った。
奥様は台所へ消えた。
娘が樹脂製のブランコをコキコキ揺らす横で、ご主人と床に張り付いて話を進めている、、
アニメがプリントされた、小ぶりの白い器を奥様が私たちの側に置いた。
中には丸や、三角、星などの形をした大きめのクッキーが入っていた。
3人で床に張り付いて話を進める形になった。
すると娘もあわててブランコから飛び降り、クッキー目がけて飛びこむ様に座った。
丁度、おやつの時間だった。
両手をヨダレでベトベトにして、大きなクッキーを一生懸命に食べる様子が可愛かった。
その時、奥様が何か言った。
私は、間違って聞こえたと思い聞き流した。
すると、また奥様が言う。
「どうぞ」
よく分からなかった。
なにをどうぞだ‥
とりあえず聞き流した。
また、奥様が言った。
今度は詳しく‥
「よかったら、クッキー、どうぞ」
ウソだろ‥、
娘のおやつと思っていたクッキー、
それもヨダレでベトベトのクッキーをか‥
打ち合わせに、集中しているフリをした。
すると更に奥様が言う。
昨日、いとこの結婚式があって新郎新婦が披露宴で作ったものだと‥
なので「どうぞ」と言う。
ヨダレだけでも無理なのに、更にヤバい情報が追加された。
新郎新婦、見知らぬ他人。その知らない素人が、披露宴というどんな衛生環境で作ったのかも分からない‥
考えただけでも恐ろしいクッキーだ。
奥様がじっとみている‥
逃げられない‥
腹をくくった。
手を伸ばした。
つかんだのは、ひとつ先が欠けた
星の形をしたクッキー‥
欠けたところが濃い色をしている‥
イヤ、欠けたんじゃない。
かじって戻したんだ‥
奥様が見ている…
戻す方法が見つからない‥
この体は他人だと言い聞かせた‥
口に押し込んだ‥
ヤケクソ 口を上下に動かした…‥。
鼻を抜ける空気が、想像のふたつ上をいった。
披露宴でたくさんの人にさらされたクッキー‥
他の引き出物と一緒にまとめられ、車、電車、いろいろ移動し、ここの台所にたどり着いたと思われる。
それまでの全ての空気を吸い込みまくったと想像せざるを得ない、、
変な香りが、鼻から脳に充満した。
床に置かれた湯呑みに、わずかに残った水分で強制的に体の中に押し込んだ。
打ち合わせは無事にできた。
玄関を出ると家族3人、外まで来てくれた。
そして見送ってくれた。
奥様が「よいお年を」と‥
私は車から、3人へ手を振りハンドルを握った。
不思議な達成感だった‥
私と形にした家で、家族3人は幸せに過ごせただろうか…
あの娘さんはもう、いいお年頃だ。
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